Q-bookシリーズの3つ目は、ヨハン・ゼバスチァン・バッハ(1685〜1750)の『14のカノン』(BWV1087)。 バッハの残した曲の中ではあまり知られていませんが、それもそのはずで、これは、1974年にストラスブールの図書館で自筆稿が発見されたという、いわば「ほやほや」の曲です。 とはいえ、1974年といえば40年も前なので、「ほやほや」というよりは「さめかけ」くらいかもしれません。それだけに、録音も着実に増えてきており、うちにも3種類くらいありますが、有名な『ゴルトベルク変奏曲』とカップリングされてるケースが多いようです。 なぜかといえば、この『14のカノン』の自筆譜が書かれていたのが、なんと、バッハ自身が持っていた『ゴルトベルク変奏曲』の楽譜の余白だったから。しかも、そこには、「前のアリアの最初の8音の低音主題に基づく種々のカノン」というバッハ自身の書きこみがあったということです。 ここからも明らかなように、この『14のカノン』の旋律は、『ゴルトベルク変奏曲』の骨格を形成している8つの音を並べたものだったということです。バッハは、この8つの音を主題にして14のカノンをつくり、それを、自分自身が所有していた『ゴルトベルク変奏曲』の余白に書き入れたという次第。 実際の演奏を聞いてみると、非常にふしぎな響きです。単純なのに、無限の奥行きがある……オクターブ低いG音からはじまりますが、G-F♯-E-Dと下がってB-C-Dと上がって、さらにオクターブ低いG音に落ちる。 バッハが低音部で用いる下降音階は、たとえば平均律クラヴィーア曲集の1巻の13番プレリュードなどもそうですが、なにか、深い地下の世界に案内するような響きが感じられます。いったんB-C-Dと上がる気配を見せながら、力尽きてさらに深いG音に沈みます。 重力の支配……この作品に感じるのは、「あなたはチリからとられたのだからチリにかえる」というような言葉でしょうか。しかも、それが、とてもここちいい。 心が落ち着く音型……『ゴルトベルク変奏曲』は、この低音部を持っているからこそ、上声と中声で、あれだけ華やかな、「めくるめく」といってもいいような変奏の世界をくりひろげることができる……そんなことを感じさせます。 ちなみに、この8つの音による変奏曲は、ヘンデルとかパーセルも行っているそうですが、どんな響きになっているのでしょうか。私は、まだ聞いたことがないのですが。 ということで、今回は、この『14のカノン』をQ-book化してみました。 『14のカノン』は当然五線符に書かれているので、各音符は、高い音ほど上、つまり平面のX-Y座標でYの値が大きい位置におかれることになりますが、Q-bookではこれを3Dにするので、「高い音ほど上」をX-Y-Z座標でZの値を大きく……ということはより高い位置に配するようにしてみました(音階でいうと、2度の差が1/4mmくらい)。ゆるやかな階段みたいになりましたが……
これでみると、この階段は、ゆっくりと、地下の世界へ……なだらかなカーブを描いて降りていってるのがわかります。ちなみに、各音符は、すべてバッハの自筆原稿(インターネットで公開されているバッハの手描き楽譜)から採ったもので、ベースに貼ってある文字もバッハ自身のものです。 左上には、よくわからない字(S1.?)の後に「Canon simplex」と書いてあり(要するに主題ということでしょう)、右下は、バッハの署名です。また、音符の直前のごちゃっとしたカタマリは、ヘ音記号と♯と4/4という拍子なのでしょう。 バッハのこの楽譜では、♯が2個つけられているようです。今の表記だと、下の方の♯は省略すると思うのですが……バッハの時代にはこうするのが慣例だったのか、それともバッハのこの楽譜だけの現象なのか……それはわかりません。 なお、このヘ音記号と♯と4/4のカタマリの位置ですが、これは、ヘ音記号の意味するところから、へ音と同じ高さにおいてあります。この造作の中でいちばん高いのが、このカタマリの次にくるG音なので、これが蓋をジャマしないギリギリの位置にくるように全体を造りました。
今回用いた箱は、細長い文鎮が入っていたもので、蓋をするとこんな感じです。蓋には『銘石美術品 文鎮』と筆文字風の書体で印刷された紙が貼ってあります。箱の下にあるのは、もともと中に入っていた文鎮です。大理石みたいですが……同じもの(まったく同じ箱に入った大理石の文鎮)がネットショップで売られていて、千円とか二千円の値段が付いてました。メーカーとかは不明です。