「食」について/コメント 5〜9

*5 「第一身体」(ファーストボディ)という言い方は耳慣れぬものですが、1950年代の終わりに出版された『地軸は傾く』(レクス&レイ・スタンフォード著、松村雄亨訳、宇宙友好協会刊)に載っている言葉です。この本は、いわゆるコンタクティもの(宇宙人との会見者の本)で、現在でいう「ニューエイジ」の思想が満載されており、この当時で、どうしてこんな知識が可能だったのか……という驚愕に満ちた書です(だから、宇宙人に教えてもらった……ということですが)。「第一身体」とは、この書に出てくる宇宙人が使っている言葉で、われわれの肉体を指します。そして、「第二身体」(セカンドトボディ)が宇宙船なのだとのこと。つまり、宇宙船は単なる乗り物ではなく、それを「着た」宇宙人が、自分の意のままに操ることのできる「第二の身体」であるというわけで、今のアニメでいう「モビルスーツ」のアイデアは、この「セカンドボディ」に非常に近いものがあります。

*6 映画『マトリックス』三部作の、たしか第二作(マトリックスリローデッド)か第三作(マトリックスレボリューションズ)だったと思いますが、主人公ネオの敵役のエージェント・スミスが、『みんなオレになる』といっていました。エージェント・スミスはプログラムで、マトリックスの中では人間もプログラムだから、エージェント・スミスに上書きされた人間は、みなエージェント・スミスになってしまう。でも、考えてみると、これはコンピュータープログラムの世界だけではなくて、この物理的世界においても、「なにかを食べる」という行為は、この「プログラムの上書き」に似ていないだろうか。つまり、「食べる」という行為を「上書き」と考えれば、「食べられたもの」は、「食べるもの」に上書きされて「食べるもの」になってしまうわけです。ですから、「食べ物」の中にウィルスが入っていたりすると、「食べた」つもりが逆にウィルスに「上書き」されて、食べた人が内部からどんどんウィルスに書き変えられていく……。恐ろしいことです。

*7 デカルト『方法序説』の第三部に、このことが書かれています。

*8 『J.S.BACH / PRELUDES AND FUGES VOL3 / JOHN LEWIS』PHILIPS PHCE-3029に収録。

*9 この曲が、第13番という番号をふられているところからすると、数というものに一種マニアックなこだわりを持っていたバッハのことですから、意識して『心の闇』を描こうとした……ということも考えられるかもしれません。しかも、一見単純な明るい光を纏わせて……。もしそうだとすると、このバッハの意図を見破った?ジョン・ルイスの眼力(というか耳力)はすごいもの……ということになりますね。……深読みしすぎかもしれませんが。なお、この曲の冒頭と終結の嬰ヘ長調という調については、次のような記述があります。(『J.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集−作品と演奏について』ヘルマン・ケラー著、竹内孝治/殿垣内知子共訳、音楽の友社、1995年第5刷のP.92)『暗く重いf-mollのフーガの荘重さのあとに、ここでは、われわれの音楽の中で通常使われている調のうちで、もっとも♯の多い調の、優しさと穏やかな光が、われわれを取り囲む。Fis-durによってロマン派の作曲家(ショパン、シューマン)は、情緒豊かな音楽を作曲した。ベートーヴェンは、op.78のソナタで、無邪気に戯れた。モーツァルトは、まったく使用しなかった。ハイドンは、彼の弦楽四重奏曲op.76-5、Hob.Ⅲ:79(ラルゴ・カンタービレ・エ・メスト Largo cantabile e mesto)で憂鬱な荘重さの表現に用いた。またスカルラッティ(Scarlatti)は、彼の2つのFis-durのソナタで、優雅な表現に使用した。しかし、だれも、バッハのようにその香りを捕えることができなかった。』